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浦和地方裁判所川越支部 昭和60年(ヨ)2号 決定 1985年3月11日

債権者 榎本稲子

<ほか二名>

右債権者ら代理人弁護士 塩味達次郎

同 塩味滋子

同 海老原夕美

右復代理人弁護士 五十嵐敬喜

債務者 落合保治

<ほか二名>

右債務者三名代理人弁護士 三好徹

同 内藤満

同 宮下文夫

同 速水幹由

主文

一  債権者らが共同して一四日以内に債務者らに対し、金三〇〇万円の保証を立てることを条件として、債務者らは別紙物件目録一、二記載の土地上に建築中の建物(別紙添付図画(一)中、計画建物と表示された部分)につき、三階の中央部分一戸(別紙添付図面(一)の(ル)、(オ)、(ワ)、(カ)、(ヨ)、(タ)、(レ)、(ソ)、(ル)の各点を順次結んだ部分すなわち、別紙添付図面(二)の(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)、(ト)、(チ)、(イ)の各点を順次結んだ部分)の建築工事を続行してはならない。

二  債権者らのその余の申請を却下する。

三  申請費用は債務者らの負担とする。

理由

第一  債権者らの申請の趣旨及び理由並びに債務者らの反論は、別紙申請の趣旨及び理由並びに答弁書及び準備書面記載のとおりである。ただし、債権者榎本直司に関する部分は取り下げられたものである。

第二  そこで、検討するに、本件疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。

一  当事者並びに土地建物の所有及び居住関係

1  債権者榎本稲子(以下「債権者稲子」という。)と債権者榎本敏子(以下「債権者敏子」という。)とは、別紙物件目録四記載の土地(別紙添付図面(一)の(ハ)、(リ)、(ヌ)、(ニ)、(ハ)を順次結んだ部分、以下「被害土地」という。)を、相続により取得し共有している。

2  債権者榎本藤七(以下「債権者藤七」という。)と、その妻債権者敏子は、右被害土地上に同目録五記載の建物(同図面(一)赤斜線部分。以下「藤七方」という。)を共有し、養母である債権者稲子と共に居住している。

3  債務者落合保治(以下「債務者落合」という。)は同目録一および二記載の土地(以下「本件土地」という。)および同目録七記載の共同住宅(別紙添付図面(一)のうち既存建物と表示した部分、以下「既存建物」という。)を所有している。

4  債務者埼玉西ナショナル住宅株式会社は、債務者落合から本件土地上に、同目録三記載の共同住宅(別紙添付図面(一)のうち計画建物と表示した部分。以下「計画建物」という。)の建築を請負い、債務者ナショナル住宅産業株式会社はさらに、右債務者埼玉西ナショナル住宅株式会社から右計画建物の建築を請負ったものである。

二  近隣地域の地域性および公法的規制

1  本件土地の附近は、住居地域と近隣商業地域とが隣接している地域であり、既存建物は住居地域に、計画建物は近隣商業地域に、それぞれ位置している。本件土地から五〇〇メートルぐらい離れたところには、西武新宿線の本川越駅や、東武東上線の川越市駅等があって、本件土地は、交通至便のところにあり、同じくらい離れたところには、私立山村女子高校が、三〇〇メートルぐらい離れたところには、県立川越女子高校等があり、さらに、近くには広瀬病院とか、市立中央小学校等があって、生活上も至便のところにある。しかし、本件土地の周辺地域(六軒町一丁目一一番ないし一七番、同町二丁目一番ないし六番、一五番ないし一九番、中原町一丁目一〇番ないし一二番等)は平家建住宅が半数以上を占め、その余は二階建の住宅であって、本件既存建物のほかには三階建の建物が三軒、五階建の建物が一軒あるのみである。したがって、近いうちに、前記都市計画法上の地域が変更されて、中高層建築物が増加することは、予想されない。

2  次に、公法的規制について考えてみるに、建築基準法五六条の二別表第三、埼玉県建築基準法施行条例八条の二によれば、敷地境界線からの水平距離が五メートルを超え、一〇メートルの範囲内においては、測定水平面(平均地盤面からの高さ四メートル)において、近隣商業地域では、五時間以上の日影が規制されている。また、住居地域においては、容積率二〇〇パーセントの場合には四時間以上の日影が、容積率三〇〇ないし四〇〇パーセントの場合には、五時間以上の日影が規制されている。右により規制される建築物の高さは一〇メートルを超える建築物とされているが、川越市中高層建築物の建築に関する指導要綱五条(1)イによれば、階数が三以上の建築物にも同指導要綱が適用されることになっており、同指導要綱によると、第三条一項は、建築主等は周辺の住環境に及ぼす影響に充分配慮するとともに、良好な近隣関係を損なわないように努めるものとする。第七条は、建築主等は、速やかに日照関係住民に対し、当該中高層建築物の建築計画及び当該中高層建築物が完成した後における日影の影響について説明を行い、充分周知させるように務めるものとする、第八条は、建築基準法による建築確認申請書を提出する以前に、建築事業計画申出書に、日照障害等についての紛争が生じた場合において、建築主等が責任をもって処理する旨の誓約書を添えて、これを市長に提出しなければならない等と定めている。

三  本件紛争の経緯の概要

1  債務者落合は昭和四八年六月一〇日頃、別紙添付図面(一)中の既存建物と図示されている部分に鉄骨造陸屋根三階建共同住宅を建築し、これを所有しているが、建築当時、債権者藤七方敷地上に旧建物を所有していた亡榎本信男(債権者敏子の父)や申請外石島八三等と土地の境界について争いが生じ、同年六月九日頃、債務者落合は被害の弁償として、右榎本信男に対し金二〇万円、右石島に対し金三〇万円を支払い、債務者落合と右石島との各所有土地の境界線を定めて紛争を解決した。その際債務者落合と右榎本信男の所有する被害土地との境界についても別紙添付図面(一)の(ハ)と(ニ)を結ぶ線上に土塀が設けられ、最近までこの境界については何らの争いもなかった。

債権者稲子と敏子は右榎本信男の死亡により昭和四九年八月五日、被害土地を相続により取得し、債権者藤七、敏子夫婦が同土地上にあった旧建物をとりこわし、同年八月三一日、藤七方を建築した。

債務者落合は別紙添付図面(一)中の計画建物と表示されている部分に平家建貸家(ただし、公道に面した一部屋程度の部分は二階建)を有していたが、これをとりこわして、同所に既存建物と同じような共同住宅を建築することを考え、これを実行したため、本件紛争が発生した。すなわち、昭和五九年一〇月五日債務者落合の代理人として債務者埼玉西ナショナル住宅株式会社の常務取締役阿部善次郎とその部下の落合貞彦の二人が債権者らに「三階建のマンションを建てる」旨のあいさつをしたが、債権者らは同年一一月五日、右両人に対し、計画建物の北側を通路にし、同建物を南側に寄せてほしい旨申入れた。同年一一月一六日頃から、右平家建建物はこわされはじめ、同年一一月二二日、右両名は債権者らに対し、採光の点で計画建物を南側へは寄せられない旨返事した。同年一二月一九日、債務者落合は、請負人である債務者埼玉西ナショナル住宅株式会社との間で、計画建物の建築について請負契約を締結し、同年一二月二一日、計画建物について建築確認を申請した。

昭和六〇年一月一〇日債務者落合は建築確認を得る必要上、債権者藤七との間で、現在存在する土塀およびその延長線を仮の境界と定める協定書を作成した。

そして同日、債務者落合は、計画建物につき建築確認を得た。

2  債務者らは同年一月一一日、債務者落合および同ナショナル住宅産業株式会社に対し、計画建物の三階部分につき、本件建築禁止の仮処分命令の申請をなしたが、翌一月一二日からは債務者側は計画建物の基礎工事に着手し、一月二五日の第一回審尋期日には、債務者落合は同年二月七日まで出頭不能であるとして、同期日には出頭せず、結局審尋期日は二月八日となったのであるが、一月二八日には債務者らは鉄骨の組み立てをはじめ、二月五日までに計画建物の三階までの外壁を完成すべく突貫工事をはじめ、二月五日は、降雨のため工事が進まなかったため、二月六日には同日までに右工事を完成させるべく全能力を傾注していたものである。そして二月八日の審尋期日までには債務者らは計画建物の三階までの外壁と屋根の部分を完成させてしまった。その後、右工事を停止させたまま審尋期日において話合いを続け、債権者らは譲歩して、撤去を求める部分を三階部分のうちの中央部分一戸(別紙添付図面(一)の(ル)、(オ)、(ワ)、(カ)、(ヨ)、(タ)、(レ)、(ソ)、(ル)の各点を順次結んだ部分、すなわち、別紙添付図面(二)の(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)、(ト)、(チ)、(イ)の各点を順次結んだ部分)に縮小したが、債務者落合は損害賠償には応ずる態度を示したものの、約九〇〇万円もの費用がかかるとして、右中央部分一戸の撤去には応じなかった。

四  日照阻害の程度

計画建物の高さは九・九六米であり、これが建築されると、債権者藤七方は平均地盤面からの高さ四米の二階の南側開口部において、冬至の真太陽時による午前八時から午後四時までのうち、午前九時四五分頃以降は全く日照が阻害され、さらに既存建物による日照阻害とが複合すると、日照阻害は午前八時から午後四時までの全時間にわたることが推認される。仮に、計画建物の三階部分を建築せず、二階建にすると計画建物の高さは六・三五米となり、同開口部における日影時間は二時間程度にとどまるものと推認される。さらに、話合いの過程で債権者側から提案された計画建物のうち三階の中央部分一戸を撤去する案によると、同開口部において冬至では、午前一一時から午後一時過ぎまでの二時間余の日照が確保され、二月四日の立春において、午前一一時頃から午後二時近くまでの約二時間半の、春分時には午前八時から午後二時四五分頃までの日照が、それぞれ確保されるものと推認される。

なお、債務者落合は本件土地と被害土地との境界を争うが、前記認定のとおり、昭和四八年以来、別紙添付図面(一)の(ハ)と(ニ)を結ぶ線が境界であることに争いがなかったのであり、これと異なる境界を認めるに足る疎明資料はない。

第三  当裁判所の判断

1  債務者落合は計画建物が何等公法的規制に違反することなく、適法に建設されているものである旨主張する。一般的にいって、公法的規制に違反しなければ当該行為はすべての面において適法との評価を受け、第三者に与えるであろう損害についても私法上免責されるものと速断することはできない。計画建物は建築基準法五六条の二や、埼玉県の前記建築基準法施行条例等の適用を受けず、階数が三以上であるため、川越市の前記指導要綱の適用を受けるとしても、同指導要綱は形式的、手続的事項を定めているに過ぎないから、日照の点で公法的規制に違反するものでないことは債務者落合の主張するとおりである。

しかしながら、右公法的規制は日照を確保するための一応の社会的基準を設けて画一的処理をしようとしたものであって、右規制に違反しない日照被害は、私法上保護しないとするものではなく、当該地域の状況、日照阻害の程度、建築物の使用目的、先住後住関係、建築を制限されることによる建築主の損害等諸般の事情を比較考量して、個々具体的に判断した上、受忍限度を超える日照阻害に対しては私法上の保護が与えられるべきものである。そして、受忍限度を超える日照阻害を受けるものは、その住居の所有権又は人格権に基づき侵害行為の予防、差止を請求しうるものと考えられる。

2  そこで、これを本件について考えてみるに、前記認定のとおり、最も日照を必要とする冬至において、既存建物と計画建物とにより、日照が全くさえぎられる結果となることは、受忍限度を超えるものと判断せざるを得ない。本件申請のとおり、計画建物を二階建にすると、債権者らは、日照が充分確保されるのであるが、他面、債務者落合に与える損害は大きく、三階の右中央部分一戸を撤去するだけでもよいとする債権者らの意向を斟酌すると、債権者らは、右中央部分一戸のみを撤去することによって、日照を確保することをもって相当と考える。債務者落合は、右一戸部分の撤去についても、莫大な費用がかかることを理由に、これに応じなかったことは、前記認定のとおりであるが、かりに、債務者落合が主張するほどの費用がかかるとしても、前記紛争の経緯を考慮すると、同費用は、むしろ、みずから招いた損失というべきであって、債務者落合は、同一戸の撤去による日照までも拒否することは許されないものというべきである。

3  そうすると、債権者らの本件仮処分の申請は、計画建物の三階の中央部分一戸の撤去による日照確保につき、前記被保全権利が一応認められるものといえる。

また、三階の右中央部分一戸が完成すると、この部分の撤去を求めることが著しく困難となることは明らかであるから、この部分の建築の続行を禁止する限度において保全の必要性も認められる。

よって、債権者らの本件仮処分申請は、主文掲記の限度で理由があるから、これを認容することとし、その余は、これを却下することとして、申請費用につき、民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 叶和夫)

<以下省略>

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